八幡神社祭礼に対する見解
和歌集がみこしの担ぎ手問題について、総会にあげることになり、今後まずは担ぎ手キャンペーンと人数把握の体制作りということになるのかな。
でもその先を部落全体でどこまで見越せるかどうか。いろいろな意見が出ていたが、同じ憂き目にあっているのは近隣の部落も同様。
こないだやっていたところは山車にはこどもたちが笛と太古でにぎわい、観客も大勢だったが、やはりみこしは担ぎ手がおらず、トラックで搬送していたという。
うちの部落よりはずっと戸数のあるところだけど、住宅地なので新しい住民が多いんだろうね。そこに祭りは組み込まれないまま、うまくつながっていないんだろうね。
合併して巨大化しているところもあれば、すべてやめちゃったところもある。

「そもそもまつりとは」も大事だ。きちんと耳を傾けていかなくてはならない。ずっとやってきたひとたちから、きちんと学び取っていこう。
をれふくめてよその土地からきたムコさんたち・新しく越してきた新住民まじえて、何とかここまでやってきたうちらの部落。そもそもを尊重しながら、つきあいながら大切にしてきたものがある。

肝心なのは「まもるものが何か」だと思う。先人たちがそもそも何をまもってきたか。そもそもを尊重しながら和歌集たちは部落の何をまもってきたか。婦人会育成会があんなに熱心にまつりを支援するのは、何をまもりたいからなのか。
「おぶりとみこしの渡御」が宗教や生業の一部だった時代から、文化として保護する時代へと移り変わってきたように見える。そして農家で成り立たなくなった和歌集や婦人会育成会がまもりたがっているのは何なのか。
先人たちを交えた住民たちが、先人たちをどう尊重し、どう生活するのか。お互いに。

それが問われている。そして宅地をもたないこの里山の部落で、新たな住民たちにも安心してもらえる部落とは、どんな部落なのかが問われている。
まずは、担ぎ手の敷居を下げることだろうか。まずは何も考えずに、まもりたい気持ちを伝えることだろうか。て、誰に。
よろしくお願いします。

をれは、担ぎたい。たくさん集まってもらいたい。いままで通りおぶりとみこしが巡回して、みんなでそれを楽しく応援したい。いつまでも。
ととしととってててももわわわわかしゅしゅーややややりますっすすすー
わわわわかしゅーないとととときはおておておておてだまままやややりますっすす。













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にえきらないのがうじゃうじゃと