再構築の理論的基礎付けと政策的な視野から
転換を語る?無理
なんかここんとこにわかに忙しい。秋祭りからだんだんテンションがあがり、邦人をとりまく状況の急展開もあいまって、がらがらと大きな変化が起きているなかに、北海道から新婚のブルーマンがきて、その直後に天羽苑のゲスト出演。

北海道よりも何にもないド田舎にわざわざきてくれたブルーマンにとって、神社があり田んぼがあり歴史があり人は少ない日本の典型が、まるで外国の様だったらしく、畳み方に苦心惨憺する都会の植民地に大きな刺激を受けていた様でなによりだった。

この「地域コミュニティまるごと福祉で再構築」の理論的基礎はない。転換期に最も早くさしかかる地域の、福祉政策の現状に翻弄される国民の断片として把握していただければ幸いである。
昨日ブルーマンとも話したんだけど科学技術の進歩は経済構造を駆逐する段階にきている気がする。今って「科学の進歩で何にもしなくてよくなったら、給料出ないからおまんまも喰えなくなった」時代だ。アトムも星新一もうそつきだー。

国家とか自治体といった形式共同体もそのウエイトは今後軽くなる。従って遠くの役人よりも近くの他人がつながるべきであり、さるといのししに土地を返し人類が畳む方法を編み出そう。人は減り老いていく時代だから、和歌集につないでいける丁度良い時代を目指してチューニングする社会をつくろう。
経済は重要でなくなる。判断材料でしかなくなる。人間関係の信義を占い相互の尊厳を保つためのツールとして再生する必要がある。その成長が目標なのではなく、ミニマムを保ち、世界のミニマムを上げるための指標でいい。漠然と。
福祉の転換とは、視野を拡げればその認識を基調に、実質的な地域共同体が機能し、行政も経済もその後押しができる方向に転換することだ。

経済が尊厳を担保し、たすける交通でつながる社会の夢につながるみちは、とりあえず天羽にあると思っている。目の前にある高齢者と介護者たちの尊厳と向き合いまもるたすけるの網の目がほしいだけ。理論化はされていない。
ここまでが、目下。続く
P.S
急遽明日地デジの工事が入ることになった。ついでにエコキュートとオール電化を勧められた。おれたちは高齢化くいものにしてきみたちは温暖化くいものにするんだよ。温暖化も省エネ化してしまえばブームは去るぞ。いまは追い風だけど、普及すればするほどエネルギー消費は減るんだ。景気をわるくしていくんだ。笑えるよ。
そろそろこの茶番、みんな見えてきてるんじゃないか。


















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にえきらないのがうじゃうじゃと